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東京高等裁判所 昭和49年(ラ)653号 決定 1975年3月19日

抗告人 甲野花子

右代理人弁護士 稲井孝之

相手方 甲野太郎

主文

本件抗告を棄却する。

理由

一、抗告代理人は、「原審判を取り消す。相手方の申立を棄却する。」との裁判を求め、抗告の理由は、次のとおりである。

1  原審判には事実誤認がある。

(一)  抗告人所有の不動産は、原審判添付目録(一)、(三)、(四)記載の不動産のみであって、同目録(二)、(五)ないし(七)記載の各不動産は、いずれも星川工務店の所有であり、同目録(八)記載の建物も抗告人の所有ではない。

即ち、同目録(四)記載の建物の建築代金が一二〇万円不足したときに、星川工務店が抗告人に同目録(二)の土地を六〇万円で買わせ、残代金六〇万円を免除した。星川は、同地上に同目録(五)ないし(七)の建物を建て、それらを売却するつもりであったところ、買手がつかないので、他人に賃貸している。同目録(二)記載の土地の名義が抗告人のまゝとなっていたため、右土地は勿論、同地上の同目録(五)ないし(七)の建物についても固定資産税が抗告人名義で課税されているが、星川が抗告人名義で納税している。同目録(八)記載の建物は、兄弟姉妹たちが出資し合って昭和三六年秋二五〇万円で貸家として建てて、その上りを生活費として抗告人に貸しつけてくれたものである。たゞ、その敷地の賃借人が抗告人名義となっているところから、右建物についても抗告人に課税されているに過ぎず、抗告人の所有ではない。

また、同目録(一)記載の土地は、昭和四七年七月二五日、抗告人が乙山十郎、乙山きくからその底地権を四三二万円で買ったものであるが、手附金一〇〇万円と中間金一〇八万円を支払っただけで、残金は一度に支払えないので、同年九月から毎月一万円づつ地代のつもりで支払っている。抗告人が夫婦で建てた建物とその敷地を所有しているといっても、完全な所有権を取得しているわけではなく、その敷地の底地権を買うにあたって、中間金として支払った一〇八万円は○○信用金庫から借金した一二〇万円のなかから支払っており、右一二〇万円の月額償還返済金は一万四、八一五円であるうえに残代金二二四万円の月額弁済金一万円を併せれば、この敷地に関する限り、抗告人は、少くとも毎月二万四、八一五円の支出を余儀なくされている。

(二)  抗告人の昭和四八年度の総所得金額は、三七万九、八八八円(内訳給与所得三〇万〇、四〇〇円、利子所得二万八、八〇〇円、配当所得五万〇、六八八円)のほか不動産所得約三〇万円の合計約六七万円であった。さらに原審判認定の昭和四七年度所得の内訳のうち配当所得六三万五、二〇二円には抗告人が丙村梅子に名義を貸した配当五〇万七、一四五円が含まれている。従って抗告人の昭和四七年度の一ヵ月当りの実質所得が一〇万円に満たないばかりか、昭和四八年度においてはさらに下廻っている。

(三)  原審判は、夫婦の破綻につき相手方に責なしとしないが、抗告人に帰責事由が全くなかったことの証拠がないとたやすくは云えないのであると認定しているが、首肯するに足りる根拠がないのである。

2  抗告人の現在の生活状態は次のとおりである。

(一)  一ヵ月当りの総所得金額は、九万六、九一八円である。

内訳(1) 原審判添付目録(三)記載の建物の賃料収入七、一八五円(賃料合計三万二、〇〇〇円から底地権分割支払代金一万円および同金融機関に対する分割弁済金一万四、八一五円を控除)

(2) 同目録(八)記載の建物の賃料収入三万九、四〇〇円(賃料八万円から補修のため金融機関からの借入金の月賦返済金三万五、〇〇〇円―○○信用金庫から一〇〇万円借入れ、五〇万円を補修金に費消、あと二四回弁済―および地代五、六〇〇円を控除)

(3) 共済組合年金月額二万五、〇三三円

(4) 相手方からの寄託金月額二万五、〇〇〇円

(二)  生計費として原審判認定のとおり現在でも最低限月額一二万五、〇〇〇円を要するところ、収入は月額九万六、九一八円しかなく、生活が極度に圧迫されている。そのうえ次男二郎が今春大学入学を控えて、入学金約三〇万円が入要である。さらに抗告人は、勤労意欲はあるが、頸椎症候群のため長時間の労働に堪えることができない。

3  他方相手方は、昭和四九年一一月外資系の株式会社○○○○○○○商会に採用され、同五〇年一月からは課長に抜てきされ、その学歴から将来役員としてのコースが約束されている。昭和五〇年一月以降の給与は、本俸一六万円プラスアルファ、課長手当二万五、〇〇〇円、家族手当二万五、〇〇〇円、合計二〇万円を下らない。また六月および一二月にそれぞれ本俸二ヵ月分のボーナスが支給されることになっている。そのほか理在でも○○市に同居にたえうる持ち家(丁田夏子の長男一男の所有名義)がありながら、高級マンションに居住し、丁田夏子の収入と相まって裕福な生活をしている。

二、よって按ずるに抗告の理由は、原審判は抗告人の所得についての認定を誤っているというにある。

1  本件記録によれば、抗告人の昭和四七年度の所得金額(公租公課等を控除しない額、以下同じ。)一四八万〇、三七三円のうち配当所得六三万五、二〇二円は、抗告人が丙村梅子に名義を貸していたにすぎない配当金五〇万七、一四五円を含んでおり、従ってこれを控除すれば、抗告人の配当所得は一二万八、〇五七円であり、所得金額は九七万三、二二八円であることが認められ、抗告人の昭和四七年度の所得金額を前記一四八万〇、三七三円、同四八年度も前年度に下らない所得があるとした原審判の認定は過大にすぎるといわなければならない。

なお、抗告人は、原審判添目録(一)ないし(八)の不動産のうち実質的に抗告人の所有に属するのは、同目録(一)、(三)、(四)の不動産のみであり、従って原審判の認定した不動産所得五七万四、七七一円も過大であると主張する。しかしながら本件記録によれば、同目録(一)ないし(八)の不動産は、その取得代金の支払いはともかくとして、いずれも抗告人の所有であることが認められ、しかも抗告人の主張によっても、現在の同目録(三)の建物の賃料収入額七、一八五円、同目録(八)の建物の賃料収入月額三万九、四〇〇円、合計月額四万六、五八五円、年額五五万九、〇二〇円であるところ、抗告人の主張する同目録(三)の建物の賃料収入よりその敷地である同目録(一)記載の土地の講入代金月額金二万四、八一五円を控除すべき理由はないから、これを加算すれば、抗告人の不動産所得は月額七万一、四〇〇円、年額八五万六、八〇〇円となり、さらに抗告人主張の、同目録(八)記載の建物についての補修のための金融機関よりの借入金一〇〇万円の月賦返済金三万五、〇〇〇円も、その主張によれば建物の補修に費消したのは五〇万円であり、しかも三〇ヵ月弁済額(本件記録により認められる。)を直ちに全額控除すべき理由はないから、右控除額は半額以上減額さるべきであって、抗告人の不動産所得はさらに増額することになる。従って不動産所得に関する抗告人の主張は理由がないものといわなければならない。

2  右にみたとおり、抗告人は、昭和四八年度も少くとも前年度と同じく不動産所得五七万四、七七一円を得ていたところ、本件記録によれば、抗告人は、そのほかに三七万九、八八八円の所得(給与所得三〇万〇、四〇〇円、利子所得二万八、八〇〇円、配当所得五万〇、六八八円)があったことが認められるから、抗告人の昭和四八年度の所得金額は九五万四、六五九円を下らず、昭和四九年度以降もこれに下らない所得があるものと推認される。

3  相手方の現在の所得金額については、抗告人は月額二〇万円を下らないと主張するが、これを認めるに足る的確な証拠はない。

4  ところで、原審判は、相手方の申立にかゝる、東京家庭裁判所昭和四七年(家イ)第三、六二七号婚姻費用の分担調停事件について成立した調停条項のうち相手方が抗告人に支払うべき分担金をその後の事情変更を理由として減額変更する旨の審判申立についてなされたものであるところ、婚姻費用の分担義務を定めた協議(調停を含む)または審判を事情の変更を理由に取消または変更の審判をすることができるのは、協議または審判のあった後、その基準とされた事情に変更を生じ、従来の協議または審判の内容が実情に適合せず、不合理になった場合に限られると解すべきである。従って変更の審判において新たに分担方法を定めるに当っては、単に現在の事情のみに基いて新たな見地から定めるべきではなく、変更すべき協議または審判の基礎とされた事情と現在の事情とを比較し、その変化の程度に応じて前の定めた分担方法を修正するにとゞめるべきである。本件についていえば、前記婚姻費用の分担調停事件について調停が成立した昭和四七年一二月八日当時における抗告人および相手方双方の収支その他分担額決定の基礎となった事情と現在の事情とを比較して、その変化の程度に応じて右調停で定められた分担額の修正をなすべきである。

5  前記調停の基礎となった事情については、当事者双方の収支関係以外の特別の事情についてはこれを認めるに足るものはない。抗告人の昭和四七年一二月当時の所得金額は年額九七万三、二二八円、月額八万一、一〇二円で、その支出は月額一三万七、〇六八円(本件記録により認められる。)で、その際の相手方の負担すべき婚姻費用の分担額が月額三万五、〇〇〇円であったところ、現在の所得金額は年額九五万四、六五九円、月額七万九、五五四円で、その支出は月額一二万五、〇〇〇円(長男が成年に達したことによる生計費減額についての原審判の判断、認定は相当であるから、これを引用する。)であること、一方相手方については前記調停成立当時と現在とではその収支にさしたる変化は認められないこと、即ち、相手方の収支にさしたる増減はなく、抗告人もその所得金額についてはほとんど増減はないにかゝわらず、その支出額において長男が成年に達したことにより月額約一万二、〇〇〇円減じていること、その他原審判が認定した諸般の事情を考慮するときは、相手方の負担すべき婚姻費用の分担額は月額二万五、〇〇〇円が相当であると認める。

6  従って抗告人の主張は、結局理由がないといわねばならない。

三、よって原審判は相当であって、取り消すべき違法の点はないから、本件抗告は理由がなく、これを棄却することとして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 岡田辰雄 裁判官 小林定人 野田愛子)

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